前回は、小栗栖 の声が作るまでの奮闘記でやんしたねぇ。
これは、ほんの序の口でやんすよ〜小栗栖 のパワーは、こんなもんじゃないんです
続けて、パワフルな奮闘記だと心臓に悪いでやんすから(笑)次回にして、今日はちょっと緩めの話で、笑える? 話をしやす。
小栗栖は現在40代(どこかで年が出てるでやんすが、濁しておきやす(笑))でやんすが、こう見えても10代から各代毎にメジャーデビューをするチャンスがあったんでやんす。
一番最初は、CMソングの歌手に受かったのですが、仕事が入り次第連絡する体制のところ、連絡を取るための電話が 小栗栖 にはなかったんでやんす(固定電話もなかったんでやんす〜)。
連絡が取れないと、どうしようもないと言う事で話は流れたのですが、担当の人が 小栗栖 を気に入り、声をテープに入れて持って来るように言ったんでやんす。
そのテープを、当時有名な大手レコード会社の会議にかけられて、出席者全員が「この子は誰だ?おもしろい声をしてる。これは、いける」と、絶賛だったそうでやんすが、女性と分かると(男性だと思ってたんですね(笑))、「女性では声に色気がない。女性ヴォーカルは色気がないとファンが付かない」って、盛り上がった場が一転したんだそうでやんす…。
当時の女性ヴォーカルは、男性ファンが付くかどうかが重要で、パワフルタイプの 小栗栖 には時代が早かったんでやんす。
小栗栖 は当時ハードロックバンドをしていたんで、今よりドスが利いていたんでやんすねぇ〜(笑)。
その時の担当者さんは、「いつでも遊びに来なさい。何かあったら声をかけるから。」と言われたそうでやんすが、遊びに行く余裕はなく、電話もなかった小栗栖ですから、それっきりになったでそうでやんす。
その時の担当者さん、小栗栖はデビューしやしたよ〜(当時は旧姓でしたが)
その後も、20代30代と名刺を渡されて、連絡下さいと言われたのに、欲のない小栗栖は連絡をしなかったでやんす。 と、言うより、自分の曲を自分で歌えるなら、どんな環境でも良かった訳で、それをするために必死で生きるのが精一杯だったんでやんすね。
そうそう。 もう一つ、小栗栖が知らないところで、ある有名なグループのヴォーカル決めに、小栗栖が最終審査の3人まで残ったのですが、最後に全然別の人が急遽なったって言う話も(笑)ありやしたね(業界ですから…)。
この年(笑)になって、心機一転 CDデビューをしたのには訳があるでやんす。
自分の曲が大好きな小栗栖が、その大事な自分の曲を勝手に使われていたことで、自身の管理責任を反省し、曲を作ることだけではなく、その曲を自身が責任を持って育てる大事さを実感したからでやんす
あっ何かかっこ良すぎるでやんすかぁ〜
他にも様々なことが重なったんですが、これが一番の理由でやんすかねぇ。
この年で(何回も言うなと怒られそうですねぇ)、心機一転は凄い勇気がいるでやんすよ〜。
やっぱり、小栗栖は男気(笑)がありやすねぇ
でも、このデビューで、実は若い人達にも勇気を与えてるです。
就職などに希望がなかった若い人が、小栗栖 の話を聞いて、希望の職種に挑戦して叶えたりと、知らない間に影響を与えてるんでやんす。
おおぉ〜話が長くなってしまった。
次回は 小栗栖ゆかり の奮闘記を語らせて頂きやすよ〜
お楽しみでやんす〜
ラベル:CDリリース